大豆は偉人が選んだ食ではない。名もなき人々が日々の暮らしの中で選び続けてきた食である。
土に残る選択
まだ農業が安定した技術ではなかった時代、人は毎年、何を育てるかを選び続けていた。豊かさではなく、生き延びるための選択だった。穀物が実らない年でも、大豆は比較的よく育った。痩せた土地でも根を張り、土を休ませる役目も果たした。人は経験から学ぶ。豊作の年より、不作の年の記憶のほうが強く残る。そうした記憶の中で、大豆は「頼れる作物」として位置づけられていった。記録には残らないが、土の中には人間の選択が残る。毎年同じ作物を蒔くという決断の積み重ねが、大豆を単なる豆から生活の基盤へと変えていった。文明は王や戦の記録で語られるが、食の基盤は、こうした無名の判断の連続によって形づくられていく。
食卓に残る知恵
収穫された大豆は、すぐに食べられる作物ではなかった。固く、調理にも時間がかかる。それでも人々は工夫を重ねた。煮る、潰す、発酵させる。長く保存でき、少量でも腹持ちが良く、他の食材とも合わせられる。こうして大豆は単なる農産物ではなく、生活の技術の中心になっていく。農民や職人、家庭の中で名もなく受け継がれた工夫の積み重ねが、後の豆腐や味噌、醤油へとつながっていく。だが、その始まりは特別な発明ではない。目の前の家族を飢えさせないための試行錯誤だった。人は贅沢のために食を作るのではない。暮らしを守るために作る。その過程で残った食材だけが文化になる。大豆はその条件を満たしていた。
人を支えた理由
大豆が広く使われ続けた理由は、特別な価値があったからではない。むしろ逆で、どこにでもあり、誰にでも扱えたからだった。農民にも、都市の人間にも、貧しい家庭にも手が届く食材だった。栄養価や加工性が後から評価されたとしても、最初に人を支えた理由は単純だ。日々の生活に無理なく入り込めたことだろう。豪華さではなく、確実さ。派手さではなく、持続性。歴史に残る食材は、特別な料理のために選ばれたものではなく、日常に居場所を持てたものだ。大豆はまさにそうした存在だった。名もなき農民たちの選択の結果として、人類の食の中に静かに根づいていったのである。
歴史に残るのは偉人の名だが、食を支えてきたのは名もなき人々の選択である。大豆もまた、その連なりの中で残ってきた。人はなぜこの豆を育て、食べ続けてきたのか。その理由は、これから少しずつ見えてくる。
参考文献
・石毛直道『食の文化史』岩波書店
・宮崎正勝『世界史を動かした食物』原書房
・佐藤洋一郎『人類の歴史を変えた作物』NHK出版
・Kiple, Kenneth F. & Ornelas, Kriemhild Conee
The Cambridge World History of Food
・Shurtleff, William & Aoyagi, Akiko
History of Soybeans and Soyfoods(Soyinfo Center)