大豆は最初から作物だったわけではない。人が育てると決めた瞬間から、野の植物は農業の一部になっていった。
野にある豆から始まる
大豆の祖先は、はじめから畑にあったわけではない。川辺や草地に自生する植物のひとつだった。人は最初、それを採集して食べていたにすぎない。しかし、長い時間の中で、実が多く採れる場所や、育ちやすい土地に気づき始める。採集の延長として、少しだけ種を残し、翌年も同じ場所に生えるようにする。これが農業の原点だった。古代中国の農民たちは、記録を残さないまま、こうした選択を繰り返した。育ちやすい個体を残し、扱いやすい種を選ぶ。その積み重ねによって、野生の豆は少しずつ「人が育てる植物」へと変わっていく。農業とは技術の名前ではなく、こうした無名の判断の連続のことを言うのだろう。
畑の作物としての定着
やがて大豆は、他の穀物と並んで畑に植えられる存在になる。粟や稲と違い、大豆は主食ではない。それでも畑から消えなかったのは、別の役割を持っていたからだった。大豆は土を休ませる作物だった。収穫だけでなく、次の作物を育てる準備を整える。農民にとっては、目に見えない働きをする作物でもあった。さらに、保存が利き、飢えた時の備えにもなる。主役ではないが、欠かすこともできない。農業とは、収量だけで決まるものではない。畑を長く続けるための知恵の集合でもある。大豆はその知恵の中に自然に組み込まれていった。名前が残ることはなくとも、その判断は確実に農業の形を変えていった。
作物になるということ
植物が作物になるというのは、単に栽培されることではない。人の生活の周期の中に入るということだ。種を残し、播き、収穫し、保存し、また翌年へつなぐ。その繰り返しの中で、植物は人間の時間と結びつく。大豆もまた、そうして農業の一部になった。古代中国の農民たちは、偉大な発明をしたわけではない。ただ毎年、同じ作物を育て続けただけだ。その継続こそが農業を成立させる。歴史に名が残るのは王や思想家だが、作物を農業にしたのは畑に立ち続けた人々だった。大豆の歴史の始まりもまた、その静かな継続の中にあったのだと思われる。
大豆が農業に組み込まれたとき、それは単なる食材ではなくなった。人の時間の中に入り込み、暮らしの循環を支える存在になる。文明を形づくるのは制度や思想だけではない。毎年繰り返される畑の仕事もまた、その土台をつくってきた。
参考文献
・佐藤洋一郎『人類の歴史を変えた作物』NHK出版
・宮崎正勝『世界史を動かした食物』原書房
・渡部忠世『稲と農耕の起源』岩波新書
・Shurtleff, William & Aoyagi, Akiko
History of Soybeans and Soyfoods(Soyinfo Center)
・Fuller, Dorian Q. et al.
“Pathways to Asian Civilizations: Tracing the Origins and Spread of Rice and Rice Cultures”(作物栽培化研究の基礎文献)