第23回 ヨーロッパにとって大豆は未知の作物だった

海の向こうで、豆は長く知られぬ存在だった。

出会いの遅れ

大豆が東アジアで広く栽培されていた一方で、ヨーロッパでは長く知られていなかったとされる。古代ギリシアやローマの文献にその名は見られず、主要な豆類はそら豆やレンズ豆だった。大豆が紹介されるのは、近世以降、アジアとの交流が進んでからである。ただ、紹介されたからといって、すぐに広まったわけではなかった。異なる食文化の中で、大豆はしばらく戸惑いの対象だったのかもしれない。

根づかなかった理由

ヨーロッパの気候や農業体系は、大豆にとって必ずしも適していたわけではないとされる。また、既に豆類や乳製品が日常に組み込まれていた社会では、新たな作物が入り込む余地は限られていた。未知の豆は珍しさを持ちながらも、急速には定着しなかった。大豆は、世界のどこでも同じように受け入れられたわけではない。その土地ごとの暮らしが、作物の行方を静かに決めていった。

ブログに戻る

コメントを残す