「卯の花パン」屋号に託した思い
まだ知られていない大豆のおいしさに、光を。
「卯の花パン」という名前には、大豆パンをつくり続ける中で見つけた、私たちの大切な思いが込められています。
大豆パンの開発に試行錯誤していた頃、旅先の伊勢神宮の門前町で偶然出会った「卯の花ドーナツ」。そのおいしさは、栄養を追いかけていた私たちが、「大豆そのもののおいしさ」へ目を向けるきっかけになりました。
そして「卯の花」とは、日本で昔から親しまれてきた、おからのこと。決して華やかな存在ではなくても、そこにある価値を見つけ、新しい形にすることで輝きを放つ。まだ知られていない大豆のおいしさや可能性を見つけ、新しい形で届けていきたい。
「卯の花パン」という名前には、そんな思いを託しています。
はじまりは、「健康にいいパン」でした
栄養があるだけでは、続かなかった。
卯の花パンの開発は、「栄養豊かな大豆を、パンにできないだろうか」という発想から始まりました。
当時目指していたのは、いわゆる「健康パン」です。大豆をたっぷり使い、低糖質と表示できる水準や、たんぱく質をはじめとする栄養面での特長を持たせる。そんなパンをつくろうと、試作を重ねていました。
けれど、なかなかおいしくならない。
大豆を増やせば、パンらしい食感をつくることが難しくなる。独特の風味もある。そして何より、つくっている自分自身が、「このパンを、これからも食べ続けたいだろうか。」そう考えるようになりました。栄養があることは大切です。でも、毎日食べるものなら、おいしくなければ続かない。
では、大豆パンをどんな味にすればいいのだろう。
その答えを見つけられずにいました。
伊勢で出会った、卯の花ドーナツ
「大豆って、おいしい。」という発見。
そんな頃、旅先で訪れた伊勢神宮の門前町で、「卯の花ドーナツ」に出会いました。大豆パンの研究のために訪れたわけではありません。偶然の出会いでした。
そこで食べた卯の花ドーナツは、おいしかった。「健康にいいから」ではありません。大豆から生まれたものそのものを、おいしいと感じた。それは、当時の私たちにとって大きな発見でした。
健康だから食べるのではなく、おいしいから食べる。
おいしいから、また食べたくなる。
そして、いつの間にか食べ続けている。
その頃から、大豆パンづくりに対する考え方が少しずつ変わっていきました。低糖質という数値や、ほかのパンと比べた栄養成分の多さを追いかけることよりも、大豆という食材が持っているおいしさを引き出し、大豆をもっと食べやすくすること。
それが、私たちの新しい開発目標になっていきました。
卯の花ドーナツとの出会いは、私たちが「健康食品」から「主食食品」へと目を向け始めた転換点でした。
「卯の花」という言葉に感じたもの
まだ知られていないものにも、きっと価値がある。
「卯の花」は、おからの別名です。豆腐をつくるとき、大豆から豆乳を搾ったあとに生まれるおから。日本では昔から、野菜などと一緒に炊き、「卯の花」という料理として食べてきました。
豆腐、味噌、醤油、納豆、きな粉、そして卯の花。
日本人は、ひとつの大豆からさまざまなおいしさを生み出してきました。その中で卯の花は、決して華やかな存在ではないかもしれません。それでも、人の知恵と工夫によっておいしい料理となり、長く食べ継がれてきました。
私たちは、そんな「卯の花」という言葉に、次第にひとつの思いを重ねるようになりました。
目立たなくても、まだ十分に知られていなくても、そこにある価値を見つけ、新しい形にすることで、輝きを持つことができる。
大豆にも、まだ知られていないおいしさがある。そして、それを見つけていくことが、私たちの仕事なのではないか。
そんな思いです。
だから、「卯の花パン」
大豆のおいしさに、新しい光を。
私たちは、卯の花ドーナツに出会う前から、大豆をパンにしようとしていました。だから、「卯の花パン」という名前は、大豆パンを思いついたきっかけを表す名前ではありません。
大豆パンをつくり続ける中で見つけた、
「どんな大豆パンをつくりたいのか。」
その答えを表す名前です。
大豆をたくさん使うことだけを目的にしない。
栄養だけを理由にどこかがまんして食べてもらうパンにもしたくない。
大豆が持つ甘み、コク、うまみを引き出し、「大豆だから、おいしい」と思ってもらえるパンをつくる。
そして、特別な健康食品ではなく、毎日の食卓で自然に選ばれる主食のひとつにしていく。
昔から日本人が食べてきた大豆を、パンという今の暮らしに身近な形へ。
大豆のおいしさに、新しい光を。
まだ知られていない可能性にも、新しい光を。
「卯の花パン」という名前には、そんな私たちの思いを託しています。