納豆は、かつては土地の味だった。それを全国の棚に並ぶ商品へと変えたのは、企業という仕組みだった。
発酵を工場へ
発酵食品は本来、地域ごとの気候や慣習に根ざしている。納豆もまた、関東を中心に親しまれてきた食品だった。しかし高度経済成長期を経て、流通網が整備されると、納豆は地域を越える可能性を持ち始める。そこに本格的に取り組んだのが、ミツカンをはじめとする食品企業である。酢や醤油で培った発酵技術と流通網を活かし、納豆の製造・品質管理・販売体制を整備していく。工場で安定した発酵を行い、一定の味を保つ。企業の力は、発酵という不確かな工程を、計画の中に組み込むことだった。
容器と流通の革新
全国商品になるためには、味だけでは足りない。容器の改良、冷蔵流通の確立、消費期限の管理。小さなパックに詰められた納豆は、スーパーの棚に並び、家庭で冷蔵保存されることを前提に設計されている。さらに、たれやからしを添付することで、誰でも同じ味で食べられる形に整えられた。こうした細部の工夫が、納豆を「慣れた人の食品」から「誰でも買える食品」へと変えていく。大豆はここでも形を変える。藁の中で揺れていた存在は、透明な容器に収まり、バーコードを持つ商品となった。
日常の全国化
企業の努力によって、納豆は日本中の朝食に広がる。関西や九州でも、納豆は特別な食べ物ではなくなった。広告や販促活動も、その普及を後押ししただろう。しかし最終的に定着させたのは、日々の繰り返しである。買い物かごに入れ、冷蔵庫に置き、朝に混ぜる。その習慣が全国規模で共有されるとき、納豆は地域食品から国民的食品へと変わる。企業はその橋渡しをしたに過ぎない。だがその橋がなければ、発酵の味は広がらなかった。大豆は企業という装置を通して、新しい距離を移動した。
発酵は静かに進むが、広がりは静かではない。納豆が全国商品になるまでには、技術と流通と広告が重なっている。それでも、最後に口にするのは一人の人間である。大豆はまた一つ、生活の中に深く入り込んだ。
参考文献
・Shurtleff, William & Aoyagi, Akiko
History of Natto and Its Relatives(Soyinfo Center)
・ミツカン社史編纂委員会『ミツカンのあゆみ』
・石毛直道『食の文化史』岩波書店
・全国納豆協同組合連合会『納豆のあゆみ』
・農林水産省「納豆に関する統計資料」