江戸の町と村で、豆はどれほど身近だったのか。
町の台所
江戸時代、都市の人口は増え続け、食料の供給は重要な課題となっていた。米が主食であったことは確かだが、味噌や醤油、豆腐といった大豆加工品は町の暮らしに深く入り込んでいたとされる。豆腐売りの姿や、味噌屋の看板は当時の記録にも見られる。粒のままの大豆よりも、姿を変えた豆が、日々の食卓を支えていたのかもしれない。
村の食卓
一方、農村では自家製の味噌や煮豆が日常の糧となっていたと考えられている。豪勢な料理ではなく、繰り返し食べられる味。江戸時代の食事は質素でありながら、発酵や保存の知恵に支えられていた。どれほどの量が消費されたのか、正確な数字は残りにくい。ただ、大豆が畑で育てられ続け、町でも村でも加工され続けた事実は、豆が欠かせない存在だったことを物語っている。